思い返せばずっと絵を描くのが好きだった。授業中はノートにずっと絵を描いていた。今もスケッチブックに絵を描きつづけている。絵を描くことでしか、世界を理解できないという気さえする。物体にぶつかって反射した光が、眼球を通して逆さまに飛び込んできて脳内で処理される時、なぜ美しく見えるのか。考えても答えは出ないので、描くしかない。描くことで受け容れるしかない。
②「お母さん」誇りを持って生きた母を、私は心から愛している。誰がなんと言おうと、この愛は永遠不滅のものである。
③「自画像」私に降ってきた霊感が、ぐるぐると渦を巻きながら ◯ から △ を通って ▢ へと、広がっていくと良いのになあ…。考えているだけではダメなので、手を動かして形にする。覚悟を決めて輪郭線を描く。
④「弥絵ちゃん」妻。私の大切な人。キリコ展も松本竣介展も、連れ合いを描いてる絵が一番良いと感じた。そういえばピカソだってダリだって、ボナールだってモネだって、愛する異性を描いていてどれもいい。私の目的は美術史のグレートアーティスト達を知るためでもあるのだから、彼らがそうしたように私もする。
⑤「娘たち」この2点のみアクリル画。たくさんのスケッチが元になっている。この10年は彼女達の成長が私の喜びだった。
⑥「頭の中は空っぽ」紫陽花を描いていたが、もたもた描いてるうちに枯れてきてしまった。枯れた様子も美しい。鉢が人間の頭部に見えたので、だいぶ後になってから顔を描き足した。頭の中が空っぽだったらどんなにいいか、この世の煩悩から解き放たれれば自由になれるのかもしらん、と思ったが、本当にそうなってしまうのは怖いような気もする。
⑦「お母さん、元気になって!」願いを込めて描くことを、人間はずっとやってきたのだから、私も自然とそのようにした。
⑧ ⑦を描いたのと対応して自分が元気になれる絵を描いた。
⑨「◯、△、▢、♡、☆」を描きながら同時に描いた。条件を先に設定して、感覚のみを頼りにバリエーションを増やすのは楽しい。
⑩「須磨の浦」コロナ禍で外に出られない日々の中、眼前に広がる風景を描くことが癒しとなった。描くことの効用は様々ある。もっと単純で、もっと安全で、もっといい加減でありたいと願っている。