2025年7月13日日曜日

Portraits


 



思い返せばずっと絵を描くのが好きだった。授業中はノートにずっと絵を描いていた。今もスケッチブックに絵を描きつづけている。絵を描くことでしか、世界を理解できないという気さえする。物体にぶつかって反射した光が、眼球を通して逆さまに飛び込んできて脳内で処理される時、なぜ美しく見えるのか。考えても答えは出ないので、描くしかない。描くことで受け容れるしかない。


①「お父さん」肺炎で倒れた父を病院に見舞いに行った翌日、一気に描いた。会って話すと、いつも父の信仰の強さを感じる。父は戌年なので犬の絵を描き足したら、ひっくり返ってGODになった。私にとっては一大事。曼荼羅の大日如来の場所に同じモチーフを描き据えた。

②「お母さん」誇りを持って生きた母を、私は心から愛している。誰がなんと言おうと、この愛は永遠不滅のものである。

③「自画像」私に降ってきた霊感が、ぐるぐると渦を巻きながら ◯ から △ を通って ▢ へと、広がっていくと良いのになあ…。考えているだけではダメなので、手を動かして形にする。覚悟を決めて輪郭線を描く。

④「弥絵ちゃん」妻。私の大切な人。キリコ展も松本竣介展も、連れ合いを描いてる絵が一番良いと感じた。そういえばピカソだってダリだって、ボナールだってモネだって、愛する異性を描いていてどれもいい。私の目的は美術史のグレートアーティスト達を知るためでもあるのだから、彼らがそうしたように私もする。

⑤「娘たち」この2点のみアクリル画。たくさんのスケッチが元になっている。この10年は彼女達の成長が私の喜びだった。

⑥「頭の中は空っぽ」紫陽花を描いていたが、もたもた描いてるうちに枯れてきてしまった。枯れた様子も美しい。鉢が人間の頭部に見えたので、だいぶ後になってから顔を描き足した。頭の中が空っぽだったらどんなにいいか、この世の煩悩から解き放たれれば自由になれるのかもしらん、と思ったが、本当にそうなってしまうのは怖いような気もする。

⑦「お母さん、元気になって!」願いを込めて描くことを、人間はずっとやってきたのだから、私も自然とそのようにした。

    ⑦を描いたのと対応して自分が元気になれる絵を描いた。

⑨「◯、△、▢、♡、☆」を描きながら同時に描いた。条件を先に設定して、感覚のみを頼りにバリエーションを増やすのは楽しい。

⑩「須磨の浦」コロナ禍で外に出られない日々の中、眼前に広がる風景を描くことが癒しとなった。描くことの効用は様々ある。もっと単純で、もっと安全で、もっといい加減でありたいと願っている。


Make to Know


曼荼羅の形式を拝借して、私が世界をどのように知覚しているかを図式化した。

金剛界曼荼羅はこの世の理を理解するための智の世界なのだそう。右下から反時計回りに渦を描くようにして中央の悟りへ向かい、反対にのの字を描くようにして衆生救済の道を解くのだという。



    右下には私の創作の原点としての初期衝動を図解。信仰心の入り口でもある。

    次に憧れの対象となるようなモチーフを散りばめた。大きいものも小さいものもある。
    ピカソの描く鳩は平和への願いです。メッセージを引き継ぎたい。
    お父さんは倒れても強い。お父さんは戌年(dog)だがひっくり返すと(GOD)になる。
    フリーダ・カーロのように、人生の最後で「人生万歳」と描けるように生きたい。
    キリンの首相撲を見て、岡本太郎の生き様を見て、対決する覚悟も必要かと。
    師と呼べる人がいて、憧れる先輩がいて、頼れる同輩の姿もある。有り難い。
    私の住環境、私の家族構成、申し訳のしようのない関係。
    北斎の浪の絵を見て情動失禁、ボロボロと涙が止まらなかった。

解説してしまうのは野暮かもしれないが、言葉足らずなので丁度いいやも知らん。分かることや分つことが目的ではなく、全体をそのまま受けとめ、受け容れるために描いた。

◯、△、▢、♡、☆


世界はまるとサンカクと四角でできている。絵を描いていると世界を構成する要素が単純化して見えてくる。抽象的に感じられるようにもなってくる。

◯く生まれて、転がって

△んがって、積み上げて

最後はカチコチに固まって▢くなる。

一生の中で私たちは、◯ や △ や ▢ を組み合わせて ♡(愛)や ☆(希望)を見た気になるのではないだろうか。

金属でも木材でも作品を作れなくなって、石を拾って積み上げた。石を拾うことは私の原体験に基づく。母の故郷・伊予西条には加茂川という川が流れていて、幼い頃に母と一緒に丸い石を探して石拾いをしたことを鮮明に覚えている。お祭りの日に加茂川の河原で迷子になったが、自力で祖父母の家まで帰れたことを褒めてもらえたのが嬉しかった。

五十歳になって、私はまた迷子になっているのだが、果たして自力で帰れるだろうか?帰れたところで母は褒めてくれるだろうか?

絞り出した抽象は、私の身の回りに存在する具象と対応している。

ひねもすのたりのたりかな


 須磨に住む。団地のベランダから毎日海を見る。海があって空がある。ただそれだけなのに毎日違って見える。

驚きだよ、空海さん!空海って素敵な名前だね。シンプルなのに全部ある。

水平線上の一点に向かって収束するようにして描こうとすると、その一点が見ている人の目の高さになる、という不思議。展示会場全体に統一した視線の高さと sense of wonder が生じるようにと、私が毎日見ている瀬戸内海の絵を展示してもらった。

展示した作品の並びは Joy Comes in the Morning というフレーズをイメージした。嵐の日も凪の日も、海と空はただそこにあって、私たちの収束する一点を示しつづけているように見える。喜びは朝来る。そう信じて日日を生きるしかない。

空海といえば密教をもたらしたお坊さんなので、正面に配置した曼荼羅を描く動機にもなっている。


2025年7月1日火曜日

金剛界曼荼羅

 


 今回の展覧会のメインとなるS100号は金剛界曼荼羅を元ネタにして描いている。
 そもそも曼荼羅を描くことを思いついたのは、海の絵を描いてて、海を描いたら空も描くことになるのだと気付いて「これって空海じゃーん」「空海だったら曼荼羅だよね」と、くだらないダジャレのアイデアをデヴェロップさせたからなのだが、意外といろんなことが自分の中で繋がっていくので面白い。

 金剛界曼荼羅は、胎蔵界曼荼羅で示される本質的要素を認識するための知的要素を表しているものなのだという。展覧会の「MAKE To KNOW」というタイトルとも呼応する。私が美術教師という立場上、油絵制作の技法や、美術の歴史や、アートの本質を知らねばならないから、絵画作品を制作するという現在の状況ともリンクする。

 9種類の曼荼羅は右下のマス目から入って反時計回りに中央に向かい、悟りへ至るという。お絵描きが好きで、美術を愛好する心情を大事にして生きてきた私が、世界を知るための手がかりや道筋となるよう101個のモチーフを選んで描いた。これがコンセプト(制作意図)である。
 ほとんど意味があったりなかったりする。つまり聞かれれば答えられるけど、答えた瞬間あってもなくてもかまわないような解説に陥る可能性が多々ある。
 あまりベラベラしゃべるより、寡黙な人ってなんだかミステリアスで魅力的って思われたい。あの人何考えてんだろう?ってほんとは何にも考えてないってケース、なのかもしれない。

 さらに真ん中の画面から時計回りに外に向け、衆生救済の道程が示されるものらしい。他者の理解や共感が得られることを願って、搬入できるギリギリまで手を入れていきたい。


2025年5月30日金曜日

亀を拾った


朝、通勤時、住んでる団地のゴミ捨て場で、亀の剥製がこっちを見ていた。

亀の図を中心にして曼荼羅を描いたり、母の絵に亀の図を描き込んだりしていたので、奇妙な縁を感じて「ついてくるか?」と尋ねたところ、うんと頷いたように見えた。





 

2025年5月13日火曜日

妻を描く

父母を描き、娘達を描いた

自画像も描いたので、妻も描く



自画像と対応させて同じ大きさのキャンバスに描く



水平線が目の高さになるようにして描く




2025年4月26日土曜日


お母さんに十匹の亀を捧げる
お母さんのルーツには出雲の神官がいる
出雲国で出土した銅鐸から亀図の意匠を拝借、描き加えた。

お母さんは復活を果たして
この世に奇跡が起こることを証してくれた


 

2025年4月24日木曜日

Remake


 




2020年マロニエの自画像展に出品した自画像をリメイク中

お父さんとお母さんを描いたら自分も描かなくちゃ

丸い渦が三角を経由して四角へと行き着く
というイメージを重ねてみる